それは、母が私にとってただ一人の女性だったからだ。姉妹に囲まれて育った私は、母の存在を当然のように感じ、そばにいるだけで安らぎを得ていた。だが、成長するにつれ、母の見え方が変わっていった。母の魅力や女性としての側面がはっきりと見えるようになり、惹かれるのを止められなかった。

姉や友人は、私がまだ母と一緒に風呂に入っていることの奇妙さをすぐに指摘してきた。当初は、何が不思議なのかさっぱり分からなかった。それが私たちの普通の姿であり、母と共にいて不自然に感じたことは一度もなかったからだ。しかし、母を一人の女性として見るようになってからは、彼らの言い分も理解できた。私たちの入浴は、親子の絆を深めるだけのものではなく、感覚的な行為であると思うようになった。
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